面白がる才能!を育てる。舞台芸術のプロが講師をしたスポーツ共創イベント「未来のパペットの運動会」

佐次えりな(演出家、俳優、人形遣い)

この記事は2024年1月21日〜2月12日に東京北区で行われた「未来のパペットの運動会」にてパペットの講師を務めた佐次えりなさんによるレポートです。舞台芸術の専門家からみたスポーツ共創の世界、スポーツとアートの境界をお楽しみください。

未来のパペットの運動会公式WEBサイト

パペットの運動会本番であいさつをする佐次 写真:冨田了平

「佐次えりなって誰?」

私にとって説明の難しいことの1つに、自分の活動を紹介することがあげられるのですが、肩書きは「演出家、俳優、人形遣い」です。

人形のデザインから台本、演出、美術の製作、舞台のデザインの全てを行います。規模は決して小さくありません。シアターカンパニー自体は中堅の規模に値します。人形を扱うカンパニーにしては規模は大き過ぎるくらいです。年間50ステージ以上、新作2本、海外公演3〜5本、ワークショップ開催5本というのが、本来のペースです。元々は、俳優1本で仕事をしていましたが、パペットとの出会いがあり、独創的な創作、表現ツールにしています。

文楽の人形がヨーロッパやアメリカに渡り、モダンなスタイルに変化した三人遣いのパペットが専門です。

阿吽の呼吸で操られる三人遣いのスタイルは、世界中の人形劇人の憧れのスタイルでもあります。そのスキルを学びたい人形遣いは、世界中にいます。そのため、海外でのワークショップの講師を務める機会が多くあります。

未来のパペットの運動会 3人で1体のパペットを動かす文楽方式

「パペットで運動会をやってみる」という発想と挑戦

私は最初、この「パペットの運動会」と言う名前に引っ掛かりを覚えました。
パペットは、表現のツールではありながら、人間によって生き物にトランスフォームする物(者)なのですが、運動会で競技をすると、パペットをツールだけとして扱うことになりそうな予感がしたのです。

参加者に、人形遊びを越えたパペットを体験してもらいたい、自分の身体やイマジネーションで、同時に大勢の他者を動かすことの楽しさを得てもらえたらいいなと思う反面、それを伝えることの難しさも十分に知っています。

選手は競技をするツールではなく、生き物です。生き物は、それまで生きてきた時間を経て今の存在があります。この存在を真っ新な状態から作り上げるのが、パペットをデザインし、手を動かして作り、パペットを遣って、何か(競技)をすることなのです。

このパペットの運動会を「パペットを虚構世界から現実世界に引き込み、人間と共生させる事」だと考えたら、それは私にとって思考の拡大に繋がり、新たな視点を得る体験となりそうだ。そんな挑戦的な気持ちで、このお仕事を引き受けました。

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運動会で使うパペットの作り方をレクチャーする佐次

「未来の運動会ってなんだろう?」

私は、子どもの頃から運動会が大好きでした。時間があれば走っているような運動系の人でした。

なので、特に運動会に疑問はありませんでしたし、好きで身体を動かしているので、組体操以外はやらされている感も特にありませんでした。今回のパペット運動会の打ち合わせ時に、私は運動も創作も演技も、特に違いがないものと捉えていることに気付きました。全てがPLAYであって、知的な遊びです。

未来の運動会の説明は、以下のリンクの三木瑛里子さんの記事に詳しく載っています。以下のリンクから記事をご覧ください。

【全ビジネスマン必見!】 会社員が謎の運動会を体験したら現代のビジネスに必要なスキルが鍛えられた件

抜粋すると、

「未来の運動会」では、運動会の競技をつくるところから行います。
運動会の競技はみんなで新しくつくられるものなので、誰も体験したことがありません。

きっと子どもたちにとっては、今、義務教育で盛んに行われている「みんなで作って、みんなで楽しむ」という授業に近いと思います。学校と違うところは、そこに「自分と同じような状態の大人」がいること。
自分と同じレベルで、よく分かっていない大人がいることは、子どもにとってとても面白いことです。
なんとか一緒に考えなければならない、共に前に進まなければならない場がたくさんあるのは、誰にとってもとても良いことです。

未来のパペットの運動会では、体(パペット)も競技もつくります。

「パペットってなんだろう?」

パペットってなんですか?

という質問に、相手の知りたい箇所を踏まえて幾度となく答えてきた私ですが、今回声をかけていただいた「未来のパペットの運動会」で主催者の一人犬飼さんとの打ち合わせの時から、実は悩んでいました。
運動会でのパペットの役割について、悩んだわけです。

シアターにおいてのパペットの役割というのは、俳優です。パペットは何かを演じるために生み出されたものなので、デザインされた段階で、作り手は(パペットが自分の役割を知っていない場合もあるので、あえて作り手とします。)パペット1つ1つにどんな役割があるのか、を知っています。

運動会では、パペットたちはどんな役割を持つのがベストなのだろう?という疑問が私の中に生じました。

皆さんが知っている通り、人形劇というのは舞台芸術の1つです。上演する、つまり観客がいる中で何かしらの表現を形象化して見せる総合芸術の1つ、ということになるでしょうか。
人形劇というと、皆さんが頭に思い浮かべるのが、きっとマリオネット。または、手で口をパクパク動かすような人形だと思います。浄瑠璃や糸操り人形を思い浮かべる人もいるかもしれません。

私が上演する作品を人形劇ではなく「パペットシアター」と呼ぶのは、この日本に住む皆さんがイメージしてしまう人形劇に当てはまらないからなのです。では何が違うのかと言うと、まずは大きさが違います。小さいものは5cmほど、大きいものだと5m。たまに見えない人形も扱います。あたかもそこにパペットが存在するかのような動きを遣い手がします。素材も色々です。文楽や浄瑠璃の人形のように、人形製作フォーマットは全くありません。作品ごとに自由な発想の元、創作をしていきます。時に、パペットと遣い手は対等であり、パペットは自分が人間だと思い込んでいる場合もあります。アジアの人形劇にある人形様さまというような考えも私にはありません。遣い手との関係性を自由に変化させることが出来る存在です。

3人で1体のパペットを操る舞台芸術(佐次が主催するUtervision Company Japan「椅子」 2023年)
写真:平尾秀明

私の思う「パペットシアター」の定義は、こうです。

イメージを持って無生物を動かすことで、遣い手と観る者がイメージの交換を行い、虚構世界と現実の世界を好き勝手に融合し新たな世界を構築する演劇。

難しく聞こえますが、これはとても簡単なことです。
上手くいくかは分かりませんが、詳しく説明をしてみます。

「作り手、パペットを遣う人」が、
何かしらのイメージを持ってパペットを動かすことで、観ている人の視点を誘導する
それを観た人は、自分を通して(投影して)イメージを受け取り、勝手に解釈する
すると、その勝手に広がった世界が「作り手、人形を遣う人」に影響を与える
が、短時間の中で繰り返され、全く新しい世界が立ち上がる。

全ては「イマジネーション」ありきなのです。より具体的な「イメージ」が他者に大きな影響を与えることが
目に見えて分かるのが「パペットシアター」なのだと思います。
今回の「未来のパペットの運動会」に参加した方はお気付きだと思いますが、これはシアター(虚構)の世界の話だけではありません。
これは現実の世界の話なのです。
例えば私が、「素敵な人生を送りたい」と思ったとします。
そこでイメージをするのです。

一体、素敵な人生ってなんだ?

私の思う素敵な人生は、「花を飾る、全てに少しだけ余裕のある生活」です。
もっと言えば、「死ぬ時に後悔しない死に方をする」です。

こんな感じに具体的にイメージすることで、そこに自分が勝手に向かっていくことになります。

それでも、そのイメージは生活する中で変化して薄くなってしまうこともあります。それは、イメージは目に見えないからなのですが、具体的なイメージをフィックスする1つの方法は「言語化」ですから、パペットをイメージする時には「言語化」によるシェアが必要です。

さまざまな人があつまりそれぞれのイメージを共有し、劇や運動会や生活が現れる

「パペットと競技を作ること」

実際の運動会までの流れは、既に三木瑛里子さんの記事に載っているので、ここでは私のパペット製作のプロセスを説明しておこうと思います。

冒頭に記載した通り、私にとってパペットをデザインすることは、今の存在を作ることなので、以下のプロセスを辿ります。小学校、大学の授業でも、プロフェッショナルに対しても、どの国で行うワークショプでも、この創作過程を体験してもらいますが、全く同じものは決して生まれません。

1、特徴のある(デフォルメされた)動き(今回は運動会なので、得意な競技を踏まえた)を考える
  人間ではないので、飛ぶことも空を泳ぐことも出来る。トランスフォームが出来ることも視野に入れる。
  人間の形をしていなくてもいいかもしれない。例えば、魚と馬がくっついた生き物でもOKである。

2、その動きが出来る構造を考える

3、その存在感にフィットする素材を探す

みんなで考えたパペットの特徴と名前「カール・ジョニー・Y」

1の動きを考えるために、やらなければならないこと

★そのパペットの特徴を考える

内的な特徴と外的な特徴(それはグラデーションになっている場合もあります)

内的な特徴・・・性格だったり、癖、職業、年齢、人種、宗教、趣味、家族、ペットのこと等

外的な特徴・・・背丈、肉付き、動きのスピード、得意なこと、好きな食べ物等

★そして、「名前」を考える。

これらをチーム全員が納得出来るようディスカッションを行います。

決して誰もが妥協をしないように、AとBに意見が別れたらそれらを網羅する新たなCを発見することが、創作の鍵です。

構造と素材が決まったら、あとは手をひたすら動かして、「試行錯誤」をすることになります。

試行錯誤のガイドは「デザイン」です。そのため、デザイン段階の妥協は厳禁です。

★パペット構造の多少のルール
・人間と同じような構造でなくとも良い、動きにあった構造であること

・重力と引力と時間をコントロールして、初めて動きが完成されるので、動いていないパペットは完璧でなくて良い

キャラクターの特徴、名前、構造のルールを共創していく参加者たち
4体のパペットの大枠が現れ始める

「なんでも面白がる才能!を育てる」

今回、参加者の皆さんが作った正しくデザインされた三人遣いのパペットは、みんなを仲良くする素晴らしい生き物。

パペットを創ることと、ゲームを創ることが相まって、自然と様々な学びが生じます。

体験した人の各々の内で、イベント的ではない、一時的ではない作用が継続するような学びなのです。

しかも、学びの作用は無意識下だったりもするので、厚かましくないのもいい。自然に受け入れることができるから、わざわざ、共創、他文化共生などと言わなくて良いし、本来、当たり前にあるべきことがそこにある。毎回来る参加者の存在のおかげで、非言語のコミュニケーションが生じるのも素晴らしいこと。

運動会とくっついた素晴らしい点は、
スペースマンシップ=人権の尊重
がより表立ったこと。

「スペースマンシップにのっとり」と宣誓をする参加者たち

演劇には、それぞれの現場現場によってルールがなんとなくあるだけで、共通ルールが存在しない。

それを作るところから始めないと、ハラスメントに繋がるのですが、まさにそれが競技ルールを作ることだと思います。ハラスメントは人権の侵害行為であるからです。

私は、作りたい物をただ作るのではなく、決して人間を無視しないデザイン、手を動かす前が重要だと思っています。シェアできる事柄が多ければ多いほどいいし、その質が高いともっといい。そうすれば、短時間でほとんどをシェアさせてくれるようなパペットが出来上がるからです。

私は作品創作のプロセスで、ゲームを入れ込むことを好んでいます。観客には決してバレないように、パフォーマーにルールを課すことで、2度と同じ動きを追わせないようにします。

競技とは違い、演劇には本番が何回もあり、正確な反復が必要。これが出来るか出来ないかで、素人と大きな違いが出る。それは実は、アスリートがスポーツをプレイすることに似ていると私は思っています。私にとっては、ニアリーイコール。

トレーニングをして反復し、精神は自由に解放され、刹那に今を生きる。

反復は反復のためではなく、自由に生きるための反復であるべき。それが、総合芸術という中で行われるのだから、ベースに自由の相互認証がなくてはならない。総合スポーツ競技の中でも同じこと。

パペットと人間が行うジェスチャー+だるまさんがころんだ

そんな素敵な体験を参加者と共にできたことに感謝します。

なんでも面白がって参加してくれた参加者を尊敬します。なぜならば、パペット制作は思ったより大変な作業だからです。構造も非常に難しく、手先が器用なだけでは手に負えないのです。明確な出来上がりビジョン、段階を追った作業工程の計算、物づくりの知識、忍耐力、普段からの観察力、発想力、説明スキル、多岐に渡る興味、コミュニケーション能力、何より面白がる才能!が必要です。お互いを面白がり、良くとも悪くとも結果を面白がり、自分のしでかしたことを面白がることを皆で共有する楽しさは、あらゆるボーダーを越えて多くの人を笑顔にします。

2回目のパペット運動会、開催出来ますように!
実際に体験しないと分からないことが、この世には山ほどあるのです。ぜひ次回はご参加を!

またどこかで「未来のパペットの運動会」を開催しましょう。

いますぐスポーツ(アート)共創をはじめてみよう!


佐次えりな

演出家、俳優、人形遣い
芸術集団Utervision Company Japan代表(ウータヴィジョン カンパニー ジャパン)

特定非営利活動法人 種のアトリエ 代表理事

10代から映像、蜷川幸雄の舞台を中心に俳優活動を重ねた後、芸術集団「Utervision Company Japan」を設立。身体表現とパペットを組み合わせた独創的な作風を確立し、国内外で作品を発表。様々な国で講師を務めるワークショップ参加者は、4,000名を越える。世界中の人々と切磋琢磨する「唯一無二の創作と上演」に重きを置き、活動を続けている。