[レポート]ハイブリッドに進化!「スポーツ/アートの共創イベント」と「共創人材育成ワークショップ」

  今野恵菜(プログラム/エクスペリエンス デザイン、山口情報芸術センター[YCAM])

写真は総て
撮影:谷康弘
提供:山口情報芸術センター[YCAM]

はじめに

山口情報芸術センター[YCAM]では、メディア・テクノロジーをスポーツの分野に応用していくことで、スポーツを軸とした新たなコミュニティの創出を目指す「YCAMスポーツハッカソン」「未来の山口の運動会」というイベントを2015年から行っています。その初めての実施に至るまでの経緯や、その後の変遷についてはこちらの記事をご参照頂きたいです。

上記の記事では、YCAMが「スポーツ共創」をどのように捉えているか、「YCAM スポーツハッカソン」「未来の山口の運動会」が開始からどのような変遷をたどり、2020年5月に実施した「オンライン運動会」という形式を取るに至ったかについてまとめています。

2021年は、2020年の「オンライン運動会」の取り組みを踏まえて、実施形態としてはオフライン(現地)とオンラインの両方に会場を持つハイブリッド形式をとりました。

内容もこれまでの取り組みもより「メタ」にしました。メタというのはより俯瞰的に考えるということです。つまり「新しいスポーツをつくる人/つくりたい人」ではなく、運動会などの「スポーツ共創イベント自体をつくる人/つくりたい人」に着目しました。

加えて、「2023年度に実施を予定しているスポーツ共創イベントのためのコラボレーター探し」という具体的なコミュニティの創出を一つ実施の目標と設定していました。この記事では、どういった経緯でYCAMが「YCAM スポーツハッカソン」「未来の山口の運動会」の流れを汲むこの新しいイベント「YCAMスポーツ共創実験スタジアム」を実施するに至ったか、実際に行った内容の紹介、及び今後の展望についてまとめています。

語解を恐れずに言えば、運動会は新型コロナウイルス感染症が拡大する世界、いわゆる「コロナ禍」に最も不向きなイベントの一つです。コロナ禍において私たちは、新型コロナウイルス感染症への恐怖だけでなく、今後も同種の、あるいはそれ以上の危機に私たちが直面する可能性があることを知りました。様々な活動が「不確定な日常の上に成り立っている」ということを知った私たちが、今できること、今できる「共創」とは一体なんでしょう。読者のみなさんも考えてみてもらえれば幸いです。

集合写真

賑わいづくりから人材育成へ

「来年はオフラインで!」この言葉は、2020年のYCAMの取り組みのなかで、合言葉のように使われていました。先が見えないなかでイベント運営を行うには希望が必要だったし、業種に関わらず、多くの人が「1年くらい経てば、元の世の中に戻るのではないか」という漠然とした期待感を持っていたのではないでしょうか。しかし、2021年1月になっても、状況は予想していたほどには好転していませんでした。

議論を重ねた末、かつてのように数百人の参加者を集められなくても人数を極限まで絞って、オフラインで実施することを決断しました。YCAMがコロナ禍でのイベント運営を通じて得た技術的なノウハウや、感染症対策を講じれば、コロナ禍下においても工夫をすればひとが集まって運動会のようなスポーツイベントを実施できる!オンラインで運動会を実施した2020年から1年が経過した2021年には、こうしたことがメッセージになりうると考えたのです。

またこの過程で、人材育成の側面に着目しました。

従来の「YCAMスポーツハッカソン」では、最終日に実施する「未来の山口の運動会」の終了ともにイベント全体も終了するため、イベントを通じて得られる経験を客観的に振り返ったり、他の参加者と共有する機会があまりありませんでした。またスケジュール上の問題だけでなく、イベントの雰囲気が振り返りを促すものにはなっていなかったという問題もありました。YCAMが機材や会場、スタッフを手配しているため、運営の観点からはストレスフリーではあるものの、参加者に「ここ(YCAM)だからこういうイベントができるんだな」という受動的なスタンスを無意識のうちに強いていた側面は否めません。もちろん、そうした空間や機材などのクオリティの高さが「未来の山口の運動会」のブランディングに寄与してきたことも事実でありますが、こうした課題から出てきたアイデアが「コラボレーター探し」でした。将来的にスポーツ共創イベントをプロデュースし、実施することに関心がある人々を中心に今回のイベントへの参加してもらう、という計画です。これは運動会協会が2018年から実施している「スポーツ共創人材育成ワークショップ」を参考にしています。

スポーツ人材育成ワークショップ2020(2020年)
撮影:谷康弘

また、YCAMが公共文化施設として重視している指標のひとつに「賑わい」があります。2019年までの「未来の山口の運動会」は、200人以上の人が参加していました。継続的に展開してきたこともあって、周辺地域に「YCAMでは5月の大型連休中に運動会を行う」という認識が徐々にではあるが定着し始めていました。しかし、コロナ禍の到来により、こうしたイベントを実施するためのハードルはとたんに上がってしまいました。一般的に運動会はその性質上、他の文化事業などと違って、いわゆる「三密」の状態が発生しやすいのです。そこで、大規模なイベントという「大人数での賑わいの受け皿」を作り、そこで沢山の人を受け入れるのではなく、小規模なイベントという「たくさんの受け皿」を作り、結果として多くの人が関われるようにする、つまり新しいコミュニティの創出に寄与することが、YCAMが提案できる「新しい賑わい」のひとつの形であると考えました。

これらのアップデートを踏まえて、開催するイベント名も従来の「YCAMスポーツハッカソン」から「YCAMスポーツ共創実験スタジアム」に変更し、5月2日から5日までの開催に向けて準備が始まりました。

しかし、順調に準備を進めていた4月25日、状況が大きく変化しました。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、緊急事態宣言が、東京都、京都府、大阪府、兵庫県に発令されたのです。開催10日前ということもあって、すでに参加申込の受付は進んでおり、参加者の約半数が緊急事態宣言、およびまん延防止等重点措置の対象区域の居住者になってしまっていました。このままではイベントの存立が危ぶまれると考えられたため、コンセプトは変えず、安全に実施可能なイベントの開催形態の再検討をおこない、私たちはオフラインとオンラインの2つの会場を持ってイベントを実施すること、つまりハイブリッドな形式を採用することにしました。一見これは無難な折衷案に見えるかもしれません。しかし、オンラインとオフラインの会場で、ひとつのイベントを同時に進行することはさまざまな困難がつきまといます。その困難について説明するために、過去にYCAMが開催したハイブリッドな形式のイベントを紹介します。

オンラインとオフラインを並立する

YCAMでは、2020年11月に山口県立美術館と共同で「見ないほうがよくみえる」という鑑賞イベントを開催しました。これは、会場内に展示されている美術作品について、会場となる山口県立美術館(オフライン)に集まった参加者と、Zoomのミーティングルーム上に集まった参加者が、美術作品の鑑賞方法のひとつである「対話型鑑賞」のアクティビティ「ブラインドトーク」を用いて、作品についての意見を交換し合うという主旨のイベントです。オフラインとオンライン、複数の時空間が絡み合うこのイベントは、当時のYCAMが開催してきたオンラインイベントの集大成のようなイベントでした。

見ないほうがよくみえる(2020年)
撮影:谷康弘
見ないほうがよくみえる(2020年)
撮影:谷康弘

このイベントの準備を通じて、ハイブリッド形式を採用するイベントの最大の問題として「オンライン上の参加者の参加している感覚が希薄になる」ことを実感しました。音声を中心に技術的なオペレーションは複雑を極めますが、事前にリハーサルを重ねることで、状況に対応できるシステムを構築し、それに慣れることができれば、イベント中に起こりうるさまざまなトラブルに対応できます。しかし、オンライン参加者の「感覚」の問題は、かなり根が深いことがわかりました。イベントとは、例外ももちろんありますが、得てして非日常を人と共有する側面があります。「運動会」を例に取ると、例えば、非日常性が高まるファクターのひとつとなっているのが「入場行進」です。入場行進がいくら主催者によって定められた儀礼的な催しだったとしても、参加者が「歩行して会場に入る」というアクションを起こさないと成立はしません。入場行進そのものの非日常性に加え、このいくらかある能動性が、参加者に「参加した」という実感を与えていると考えています。オンラインで開催した2020年の「第5回 未来の山口の運動会」は、入場行進が持つそうした特性を維持できるよう、オンラインホワイトボードシステム「Miro」を用いて入場行進を執り行いました。Miroの画面上に作られた仮想の会場と、そこに配置された参加者のアバター(付箋)を移動させることで、極めて地味な行為ながら、参加者の「参加感」を高めていました。

しかし、これも結局はオンラインのみで開催していたから実現できたこととも言えるでしょう。

ハイブリット形式で入場行進をしようとしたら、オフラインの会場に物理的に入場する参加者を、オンライン上の参加者がストリーミング配信などを通じて目にすることになります。そのさまを一度目にすると、オンライン上の参加者は、オンラインならではの不自由さを強く認識せざるを得ません。これは入場行進以外の対話やディスカッションにおいても同様です。物理的に集まっている人たちの中に、オンラインの参加者が割って入ろうとしても、会話のテンポや、間合いを掴むのに苦労することになります。そして最終的に「自身の参加の度合いはオフライン参加者よりも低い」「オンライン会場はオフラインの劣化した代替、サブの会場」というイメージになってしまうのです。このことに完璧な対処法は現状でも見つけられていません。しかし様々なトライアルの末に、こういった不均衡が発生しやすいのは、参加者もスタッフ側も、オンライン参加者とオフライン参加者が完全にイコールの存在だと捉えている場合だということが分かってきました。

「見ないほうがよくみえる」で行ったブラインドトークとは、目隠しをしたひとと、作品をみるひとの2人1組のペアをつくり、作品をみるひとが作品を鑑賞しながら、目隠しをしたひとに作品のことを言葉で伝えるという鑑賞体験です。イベントでは、山口県立美術館にいる参加者、つまりいわゆる「本物」の作品の近くにいるオフラインの参加者に「目隠しをしたひと」、オンラインの参加者に「作品をみるひと」の役割を担ってもらうことで、オンラインとオフラインそれぞれの特性や、鑑賞方法や質の違いについて考えるアクティビティを設計しました。オンラインからは、画面上で自由にズームなどをしながら精細なデータを好きな視点、好きな角度からみることができ、オフラインでは展示されている空間自体の雰囲気や、他作品も合わせたレイアウトの意図なども合わせて見ることができます。特徴や得意なことの違いを理解した上で使いこなせば、オンラインが一概には「オフラインの劣化した代替」とは見なされません。

加えて、「見ないほうがよくみえる」では参加者の意見やコメント未満の「雰囲気」や「空気」などを汲み取れるように、イベントの司会進行や説明役を担うファシリテーターをオンライン、オフラインそれぞれに配置しました。それぞれの会場のファシリテーター間での連絡方法を確保し、両会場の様子を伝え合うことで疎外感の発生を防ぐことができたように感じています。

「見ないほうがよくみえる」での知見を活かし、「YCAMスポーツ共創実験スタジアム2021」でも、オフライン会場とオンライン会場に別々のファシリテーターを設置しました。加えてオフライン会場を「メイン会場」、オンライン会場は「メタ部屋」という名称に変更し、メタ部屋の参加者はメイン会場参加者と同じようにイベントに参加しつつも、イベントで発生する様々な事柄を”メタ”に、俯瞰して捉えられるという「オンライン会場ならではの視点」に着目してもらうこととしました。さらにメイン会場とメタ部屋のやり取りを専属で行うスタッフを配置することで、ファシリテーター間での情報整理に備えました。

会場の構成図

オンライン会場とオフライン会場、2つの会場での体験が完全にイコールになることはありません。であれば、それぞれの環境の性質を生かして、その会場でしかできないことを体験し、参加者本人、もしくはその会場のファシリテーターからその体験について発言・議論する時間を持つことが、それぞれの平等性を保つ方法だと考えたのです。しかし1日完結の「見ないほうがよくみえる」と比べ、「スポーツ共創実験スタジアム2021」は4日間のイベントです。オンライン会場とオフライン会場のファシリテーター間での情報整理も、予め流れがはっきり決まっていればそこまで難しくはありませんが、「スポーツ共創実験スタジアム」ではかなりフレキシブル対応が必要となることは明白でした。最善は尽くしたという自負は持ちつつも、私たちは不安な気持ちで本番1日目を迎えることとなりました。

イベント当日の流れ

1日目「思考のウォーミングアップ」

まず両会場に集まった参加者に向けて、イベントの概要や、その中核となるコンセプト「スポーツ共創」の紹介をするとともに、感染症対策をはじめとする安全管理の説明などを行いました。イベント概要の中では、なぜYCAMが「YCAMスポーツ共創実験スタジアム」を行うのかを参考例として紹介しました。今回のイベントが、「ともにつくり、ともに学ぶ」をモットーとして掲げるYCAMにとって重要な、共創的なコミュニティを拡大するために実施していることを伝え、そのために「どうやってスポーツ共創イベントを作るか・行うか(HOW)」だけではなく「なぜスポーツ共創イベントを作るか・行うか(WHY)」の両方を考えることを伝えました。

その後、大まかな4日間のスケジュールと、そのスケジュールの意図を紹介。今回のイベントは、参加者それぞれが企画者として共創イベントを発起する際のサンプルになるように、進行と平行する形で、「企画者としてどんなことを意図しているのか」「その活動で参加者に何を得てほしいと考えているのか」などを逐一伝える形式を取る旨を共有しました。

1日目は「考える日」。参加者やスタッフが「考える日」用の思考に切り替えるために、対話を通じてテーマについて考えを深めるための思考方法「哲学対話」を用いて「思考のウォーミングアップ」を実施しました。その後、参加者に課題として用意してもらった、本イベント参加後に実践してみたいスポーツ共創を取り入れたイベントや事業の計画内容「アクションプラン」の全員の発表を行いました。

普段は別々のコミュニティに属している参加者の行うアクションプランの発表は、例えば、自身が教師を務める学校の運動会を「未来の運動会」的なものに更新したい人、地域起こしや街の活性化に共創を活用したい人、自身の通う高校の文化祭に共創の要素を盛り込みたい人、紙芝居という表現の可能性を共創によって押し広げたい人、家族や自分の健康のために家庭内の取り組みとして共創を行いたい人など、実に多岐に渡りました。

参加者は、互いにプランの規模や目標の形は違えど、想像力を駆使して、お互いのプランに大量のフィードバックを送り合いました。

2日目「スポーツハッカソン」

2日目は「考えながら体を動かす日」として、従来の「YCAM スポーツハッカソン」でも行ってきた、開発(デベロップ)と実践(プレイ)を繰り返す「デベロップレイ」という制作手法を用いて、オリジナルの運動会種目を開発しました。
種目開発に使用できる環境、道具、そして開発にあたっての注意事項を共有した後、メイン会場内で2チーム、メタ部屋参加者で1チームの合計3チームがそれぞれ種目を考え、実験し、種目をまとめ上げました。

このイベントならではの難しさが最も現れていた瞬間の一つが、「メタ部屋」と「メイン会場」を横断するような種目の開発です。メイン会場側とメタ部屋からそれぞれ1つ横断種目が提案され、合計2つの種目の実験と議論が行われました。どちらかの会場で議論が白熱するともう一方の会場のメンバーが置いていかれたり、通常の環境では発生しないようなコミュニケーション齟齬が機材などの制限によって発生したりなど、開発はかなり難航しましたが、そのやり取りのなかで、両会場の参加者がお互いの環境の違いを把握した上で自らを調整し、徐々にコミュニケーションがなめらかになっていく様子が見受けられました。

例えば、両会場を横断した議論をする際にはメイン会場の参加者は会場内に設置されたマイクの近くで話す必要がありました。しかし議論が白熱するにつれてメイン会場の参加者は自然と体を動かしたり、歩いたりするようになります。そうするとメタ部屋では議論を聞き取れないので議論に参加できなくなってしまいます。最初はその「聞き取れない」という感覚が共有できずに、メイン会場参加者がメタ部屋参加者を置いていきがちでしたが、徐々にメタ部屋参加者の存在を意識した議論の形、発言者が入れ代わり立ち代わりマイクの前に移動したり、誰が発話してるかわかるように手をあげるなどの方法が見いだされ、それが自然に行われる様になってきました。更に、メタ部屋からはメイン開場全体の様子、特に開場の天井付近に設置された俯瞰カメラの映像を見れているので、メイン開場参加者からメタ部屋参加者に対してその視点を活用した協力の依頼があったり、全体を俯瞰した上でのフィードバックを求める場面もありました。

はじめは環境の違いに対して煩わしそうにしている様子も見受けられたものの、徐々にそういった振る舞いが体に馴染んできて、最終的には無意識にできるようになっている、それが小規模ながらも「振る舞いの進化」のようでとても興味深かったです。

種目開発の様子

各チームが制作中の種目を発表する中間発表では、スタッフや他の参加者からだけでなく、感染症対策のアドバイザーを務める山口征啓さんからの感染症対策の面でのフィードバックも受けることができました。各チーム、もちろん重々配慮して種目開発はしていたものの、種目説明の中に盛り込むための説明方法や、盛り上がると忘れやすい対策を再確認するなど、万全を期すべく真剣な議論の時間となりました。

中間発表の様子

3日目 「第6回 未来の山口の運動会」

3日目は「体を動かす日」として、2日目に開発した種目だけで構成された運動会「第6回 未来の山口の運動会」を実施。メイン会場、メタ部屋、そしてYouTube Liveを横断しながら、以下のオリジナル種目が実施されました。

◯ オリジナル準備ダンス「新聞ディスコ」

運動会といえば、準備運動としてラジオ体操を行うことが一般的ですが、よりYouTube Live配信を見ている人が「参加している」という実感を持てるよう、配信の視聴者の自宅にもあるであろう「新聞紙」を道具に用いるゲーム感覚の種目です。「新聞の上から出てはいけない」というシンプルなルールだけを守りながらデモンストレーションを行う人の動きに合わせて踊り、一定時間ごとに新聞を折りたたむ。それを繰り返すことで、ダンスを踊れる範囲がどんどん狭くなり難しくなるように設計されています。

◯ 応援種目「みんなの花持たせタイム」

運動会の開催中いつでも参加できた応援種目。2020年の「第5回 未来の山口の運動会」で生まれた「花もたせ」がその原型となっており、「動かしマウス」と呼ばれるオリジナルのアプリケーションで自分の応援したいチームを選択して、スマホを振ることでチームに得点を加算することができます。運動会内で珍プレイが飛び出すとカウンターの数値がガラリと変わることも興味深かったです。

◯ 遠隔協力種目「ロデオスナッパー」

メイン会場チームから提案された、メイン会場とメタ部屋の横断種目。Zoomで繋いだカメラ越しに声でカメラ役に指示を出し、カメラ役のスマートフォンの画角に敵チームの姿が写ったら、メタ部屋チームのメンバーがスクリーンショットを撮影します。スクリーンショットの枚数、写り方、得点アップのラッキーアイテムの有無などを審判が判断し勝敗を決める「かくれんぼ」と「ポケモンスナップ」をかけ合わせたような種目でした。全種目のなかでおそらく最も難産だった種目で、チームは夜遅くまでZoomなどを駆使して準備していた様子でした。そのかいあってメタ部屋参加者にとっても、またYouTube Liveにおいても、とても”映える”種目となりました。

 ◯  遠隔協力種目「ザ・ボディランゲージ」

メタ部屋チームから提案された横断種目。メイン会場の参加者が指示を出し、お題の図形をメタ部屋チームのメンバーの身体を使って上手に描いたチームの勝ち。メイン会場メンバーもただ声で支持するのではなく、自身もメタ部屋のメンバーにとってほしいポーズをとりながら指示をすることで、体の疲れ具合における公平性を調整していた点がとても興味深かったです。

◯ 野外種目「YCAM上陸作戦」

YCAMに隣接する山口市中央公園を使った野外種目。2チームで攻守を決めて、守る側は攻め込んでくる敵から陣地を守り、攻める側は守る側の目をかいくぐって陣地に侵入することを目的としています。守る側はバットとスコープを組み合わせてスナイパーライフルに見立てた道具を使って、攻める側のメンバーがかぶっているヘルメットに記された数字を読み取る。数字が読み取られ審判に報告されるとその数字が割り振られた攻める側のメンバーはリタイヤ扱いとなるように設定されていました。この種目は、第1回目から「未来の山口の運動会」に参加してくれていた山根賢三郎さんが、山口市東部・徳地の歴史から着想を受け、新しい観光事業の一つとして開発している「倒幕サバゲーム」というサバイバルゲームが、その起源となっています。

◯ 遠隔協力種目「日本横断 動かしマウス巨人徒競走」

「動かしマウス」を用いたメイン会場、メタ部屋、そしてYouTube Live全員参加型の種目。それぞれのチームで動かしマウスが振られた回数が合算され、それによってサイコロの出目が変化します。そしてサイコロの出目の分の歩数だけ巨人役のメンバーが日本地図の上を歩き、山口をスタート地点としてどのチームの巨人が一番遠くまで歩けるか(横断できるか)を競います。
どうしても取り除けないYouTube Liveで発生するラグなどの難題が多く、結果として実施した種目のなかで最もプロトタイプな状態をいきなり運動会本番で試すことになってしまいましたが、その生々しさを全員で体感、記録、そして配信できたことの意義は大きいと感じています。

種目を終え、発表表彰式を行った後、なるべく記憶が新鮮なうちにフィードバックのための機会を設けました。これは2020年にオンラインで実施した「第5回 未来の山口の運動会」での方法を踏襲しています。参加者もスタッフも疲労困憊ではあったものの、様々な視点から「第6回 未来の山口の運動会」、そしてここまでの「スポーツ共創実験スタジアム2021」を批評するフィードバックが数多く集まりました。

4日目「振り返り、それぞれのプランの見直し」

3日目までのイベント全体での経験や、3日目に集まったフィードバックなどを参考に「何が起こっていたのか」「何が達成できたのか」「何がまだ達成できていないのか」を改めて整理するとともに、参加者それぞれが「アクションプラン」を再度見直して更新しました。当初の予定としては午前中は個人でのアクションプランのアップデート、午後はそのアップデートしたアクションプランの発表会というスケジュールでしたが、午前中からあちこちの会場で様々な議論が取り交わされていた様子が印象的でした。メイン会場とメタ部屋を横断するコミュニケーションにも全員がかなり慣れてきたので、会場を横断した議論が白熱している様子も散見されました。その様子からは、私たちの感覚が更新されているという確かな手応えがが感じられました

アクションプランの発表でも、初日以上の活発なやり取りが行われており、特に「なぜスポーツ共創イベントを作るか・行うか(WHY)」という視点での発表、議論は白熱しました。1日目では多くの参加者にとって「まだ自身の脳内にあるだけ」であった各々のプラン。2日目と3日目の活動を通して、特に「なぜそれを自分が(自分たちが)行うか」という必然性の面において、具体的なアップデートが多く行われていました。そこからは、参加者それぞれの地に足のついた覚悟が感じられました。

参加者全員が「スポーツ共創実験スタジアム」に、そして自身のアクションプランに強いオーナーシップを感じていることを実感し、4日間のイベントは幕を閉じました。

イベントを終えて

4日間の「YCAMスポーツ共創実験スタジアム2021」を終えて、2つのことを強く感じてます。

まず一点は、「ハイブリットならではの難しさ」などに代表される実施前から懸念/予見していた問題点はやはり完全には解決しなかったこと。それどころか、事前には予見しきれなかった問題もあり、全体を通したときにスムーズなイベントとは呼べない部分も多々ありました。例えば、メイン会場とメタ部屋を横断する議論は、スタッフもかなり手こずり、失敗を重ねて最終的にその方法を確立したのは参加者でした。フレキシブルな対応が前提とはいえ、その土台となる環境はもう少し実験し、整えることができたのではないかという反省点が実施後の議論の中で挙げられました。またYouTube Liveの扱いにも疑問の声が多く、その多くは「どこまでをイベント参加者と捉えるか」という定義の部分が不明瞭だったことに原因があったと考えています。これらは、コンセプトをもっと明瞭に、伝わりやすくすることで回避できていたはずの問題です。直前に実施形態が変わったとはいえ、それが理由になる問題ばかりではないこと、コンセプトがより明確で、外に対しても伝わりやすいものになっていれば飲み込めた問題も多く、そのことには強い悔しさを感じました。

もう一つは、そういった後悔を感じる一方で、自分たちの「スムーズでなさ」を、参加者に丁寧に共有できたことには、大きな意義があると自負しています。特に「YCAMスポーツ共創実験スタジアム2021」は過去の事業と比べても人材育成の色を強めるべく、イベント進行の中でも「この内容を実施する意図」「思考のうらにある背景」を並行して参加者に共有し、参加者からもイベントの進行やコンセプトに対してなど、イベント全体に対する批評をしてもらう機会がたくさんありました。参加者も、そしてスタッフも戸惑いながらもその場でできる限りの「共創」に取り組む姿を見せ合うことができたこと。そしてそれを記録し、YouTube Liveでも配信することができたことは、公共施設として、より開かれた場所となることを目指すYCAMにとっても、今後につながる経験となったと考えています。

23年までのスケジュールの図

前述のように、スポーツ共創実験スタジアムは「2023年度に実施を予定しているスポーツ共創イベントのためのコラボレーター探し」という側面を有していました。現在もイベント参加者を中心に有志のメンバーが集い、月1回のペースでオンラインでの会合が行われ、運動会を起点に様々なトピックについて議論を重ねている最中です。

シン・未来の山口の運動会準備室の写真

様々な活動が不確定な日常の上に成り立っている

冒頭でも述べたように、私たちはこの事実と真正面からぶつかっている最中にあります。新型コロナウィルスの感染は拡大を続け、それと並行する形で東京オリンピック、パラリンピックが開催されました。その後も続いた都市部を中心とした緊急事態宣言は、9月27日にようやく解除となったが、大幅な人流が予想される年末に向けて不安の声もあります。YCAMでもその後に行われた多くの展示やイベントが延期や中止となり、それでも何ができるかを考え続けています。たくさんの人の努力でワクチン接種などの解決策が進んでいるものの、2020年には多くの人が夢見ていた日常は未だに訪れてはいません。来年2022年に向けた議論の中でも「イベント」という概念自体の意味合いや、それが存在する必然性もグラグラと揺らいでいます。しかし、必然性が揺らいでいる理由は新型コロナウィルス感染がもたらす衝撃が大きいわけではありません。もともとの地盤となる「日常」が脆いこと、それが今回の問題によって明らかになったに過ぎないと考えています。

運動会は「コロナ禍」に最も不向きなイベントの一つであることは変わりません。しかしそれは他のあらゆる未曾有の事態にも不向きであるということであり、現在我々が直面している問題は未来を考える上で、あらゆる活動と通ずる普遍的な問題だということがわかりました。その問題に真正面から取り組める今だからこそ、YCAMは自身で掲げた「ともにつくり、ともに学ぶ」という活動理念について熟考し、立ち止まらずにその手法を更新し続けなければなりません。荒削りな部分は多くあれど、今回のハイブリットでのイベントの実施を通じて、「それぞれの会場の視点の違いを味わえる設計を行う」「コミュニケーションのあり方とバランスに注力する」などのポイントを押さえれば、オンラインとオフラインの両方に会場を持つことが可能であることがわかりました。これはひとつの手法の更新と呼べるでしょう。

昨年実施した完全オンライン実施のオンライン運動会はもちろん、そもそも開館した当初から、YCAMは「何かを創り続ける姿勢」と「そこから想像できるビジョン」を共有するための場所です。そんなYCAMで、時に、混沌として答えのない問にもがき続ける行為である「共創」を行うこと、そんな姿を互いに見せ合う、共有するための機会を作り続けることは、とても意義深いものであると改めて実感しています。


いますぐスポーツ共創をはじめてみよう!

今野顔写真

今野恵菜

山口情報芸術センター [YCAM] 教育普及課 プログラム / エクスペリエンス デザイン担当。

慶應義塾大学SFCにてHCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)とデジタルなものづくりとを学ぶ傍ら、友人とDIYグループ「乙女電芸部(おとめでんげいぶ)」を立ち上げ、ワークショップなどを多数開催する。