【レポート】ワークショップ「やってみよう!スポーツ共創」(第20回 遊学塾学習会 in 松本)

小野 憲史(ゲームジャーナリスト)

2019年8月3日、ワークショップ「やってみよう!スポーツ共創」が松本大学(長野県松本市新村2095-1)にて開催された。ワークショップは体育の授業実践について考える「第20回 遊学塾学習会 in 松本」の企画として実施され、小中高大と立場の異なる体育教師ら約40人が参加。「新しい運動会の種目を作る」というテーマで4つの種目が作られ、参加者全員で汗を流した。

学習指導要領と「体を動かす楽しさ」の間に生まれる齟齬

「第20回 遊学塾学習会 in 松本」では午前の部では「スポーツとのかかわり方を考える」と題し、体育の授業でおなじみのボールゲームに関する授業報告やディスカッションを実施。午後からはワークショップ「やってみよう! スポーツ共創」を行われた。参加者自らが新しいスポーツを作り、その意味に関する考察を行うスポーツ共創が実践された。このように本イベントは現役の体育の先生が、体育におけるスポーツの意味について考え、実践するという取り組みとなった。

午前の部「スポーツとのかかわり方を考える」

遊学塾学習会では、体育の先生の中に少なからず「体育嫌い」が存在する点が話題を集めた。議論は「運動」と「体育」、「スポーツ」の関係性に進展。運動は体を動かすこと。体育は学校教育のひとつ。そしてスポーツは(本文脈では)教育における文化財のひとつとなる。そのためスポーツには勝ち負けに加えて評価、すなわち学習指導要領との兼ね合いが求められる。これが、しばしば「体を動かす楽しさ」と齟齬をきたすというわけだ。

スポーツを「つくる」、スポーツ共創という切り口

前述の齟齬に対するひとつのアンサーとして、ワークショップは「スポーツ共創」の理念についての説明からスタートした。講師をつとめる犬飼博士(一般社団法人運動会協会理事)は、自らを「運楽家」と説明。従来スポーツの三要素とされてきた「見る・する・支える」に、「つくる」が加わることで、新たな価値が生まれると説明した。そしてワークショップを通して、遊ぶことと作ることを自然に行う「デベロップレイヤー」になってほしいと呼びかけた。

犬飼 博士(いぬかい ひろし/一般社団法人運動会協会理事)

スポーツ共創では、参加者一人ひとりが自分たちに適したスポーツを考案する点に特徴がある。そこで重要なのがルール作りと道具選びだ。ボールやバトンなどのおなじみの道具だけでなく、新たな道具を自作することもできる。エンジニアの泉田隆介が過去に制作した座布団型圧力センサーはそのひとつで、座った人の重心を可視化可能だ。他にスマートフォンが内蔵され、振動回数をカウントできるボール「YCAMボール」や、画面が4分割されるスマートフォン向けヘッドマウントディスプレイの紹介も行われた。

泉田 隆介(いずみだ りゅうすけ/エンジニア)

こうした新たな道具を活用することで、新たなスポーツが生まれ、広がっていく。2015年に山口情報芸術センター「YCAM(Yamaguchi Center for Arts and Media)」で開催されたスポーツ共創イベント「スポーツハッカソン」では、約30人の市民が参加し、10種目を作成。前述のYCAMボールは、この時に考案されたものだ。ここで考案されたデバイスは翌2016年、山口市内3校の小学校授業で採用されるなど、広がりを見せはじめた。このように「作る」「試す・遊ぶ」「共有する」サイクルを通して、徐々に成長していくのがスポーツ共創だという。

YCAMボール。山口情報芸術センター「YCAM(Yamaguchi Center for Arts and Media)」で開発されたため、この名前が付いた。ゴム製のボールのなかにスマートフォンを挿入。スマートフォン内のジャイロセンサーでボールの状態を検知しデータ化。そのデータをWi-Fi、Bluetooth機能を通して、PCへと送信する。スポーツ共創で生まれた新しい種目のなかには、得点のカウントなどに使用されている。

IoT(Internet of Things)デバイスを使用した新種目「トイレゲーム」

開会式では座布団型圧力センサーを用いた新種目として「トイレゲーム」が紹介された。チームごとに競うリレー競技の一種で、プレイヤーは圧力センサーに座り、重心を動かして画面の便器中央にカーソルを誘導する。この時、圧力センサーに座ったプレイヤー自身は画面が見られない点がミソで、目隠しをしたスイカ割りのようにチームメンバーの声を頼りに操作することになる。参加者はすぐに内容を理解し、白熱した競技が繰り広げられた。「トイレゲーム」はIoT(Internet of Things)デバイスが活用された例である。こうした種目を創り上げることがワークショップの目的というわけだ。

新種目「トイレゲーム」の体験風景。プロジェクター画面に背を向けて座布団に座る4人がプレイヤーとなる。座布団に仕込まれた圧力センサーが、プレイヤーの重心を検知し勝敗を決する

開会式が終わると、赤、青、黄、緑のチームにわかれて、さっそく種目作りがはじまった。新種目はルール説明から準備・実施・片付けまで20分以内でできることが条件だ。チームごとにブレインストーミングが行われ、跳び箱・マット・ボール・ラケットといった体育館の中の道具を活用しながら、多くのアイディアが試されていく。これに対して犬飼と泉田は、今後増加するであろう学外の専門家という立場からアドバイスを加えていった。

こうしたアイディアの中には、開会式で紹介されたIoTデバイスを活用するものもあった。時には犬飼や泉田に対して「こういったことは可能なのか?」と質問が行われ、泉田がアイディアの実現にむけて、その場でプログラミングを行うシーンもあった。一方でIoTデバイスの一部で不具合が発生し、4チームによる対戦が2チームずつ2回の対戦に変更されるなどの光景が見られた。力が入りすぎて、玉入れ競技の玉が破損するなどのハプニングもありつつ、総じて熱意にあふれる種目作りが進められた。

新しいスポーツを作ることはおもしろい。しかし、危険も伴う

参加者の熱意が空回りするシーンもあった。あるチームが試していたアイディアが危険すぎるとして、ストップがかかったのだ。マットを重ねて高い足場を作り、その上で座布団型圧力センサーに乗り、バランスを取り合うというもので、落下による怪我が予想された。犬飼は「新しいスポーツを作るのは、ロケットを打ち上げるようなもの。『おもしろい』行為も、度が過ぎると『危険』につながるが、夢中になっていると気がつかない」として、常に互いに注意し合うことが重要だと念を押した。

おもしろさは度を越すと、危険につながる。

競技が完成したら、全員で運動会!

ひととおり競技が完成すると、さっそく運動会がはじまった。競技をひとつずつこなしながら、チーム対抗で得点を重ねていく。いずれも全員が参加する種目となり、体育館は参加者による熱気で包まれた。中でも大きく差がついたのが、竹刀に対して周囲から輪を投げる新種目「とんでとんでとりまくれ」だった。最初はみな1枚ずつ輪を投げていたが、途中から一度に10枚もの輪を投げ入れ、一気に得点を重ねるチームが出現。自分たちが作ったスポーツが「攻略」された瞬間だった。

新種目「とんでとんでとりまくれ」。一度に10枚もの輪を投げ入れ、得点を重ねるチームが出現

ワークショップ「やってみよう!スポーツ共創」から生まれた4つの新種目

種目名「ボールハードル」
種目名「ボールハードル」

二人一組でペアになり、バドミントンのラケットでゴムボールを交互にはじきながら進む障害物競争。リレー形式で行われ、最終ペアがゴムボールをカラーコーンに入れるとゴールになる。

種目名「玉当てボンボン」
種目名「玉当てボンボン」

YCAMボールを使用し、一定時間内で自チームのボールに玉入れの玉を何回ぶつけられるかを競う。ぶつけられた回数はスマートフォンの加速度センサーを通してPCに集計される仕組みだ。

種目名「とんでとんでとりまくれ」
種目名「とんでとんでとりまくれ」

トランポリンの上に乗ったゴールポスト役が掲げる竹刀に向かって、一定時間でできるだけ多く輪投げを投げ入れる。他のチームはディフェンス役をひとりずつ選び、妨害できる。

種目名「餅まき玉入れ」
種目名「餅まき玉入れ」

はじめにキャットウォークからマットに向けて玉入れの玉を投げ入れる。次に自チームの玉を集め、座布団型圧力センサーにたたきつける。たたきつけた総圧力によって順位が決まる。

閉会式で投げかけられる「スポーツ共創」への問い

閉会式では優勝チームの発表が行われたあと、振り返りとして参加者それぞれによる「問い」が共有された。コピー用紙にひとり一つずつ、メタな視点から気づきを書き出し、床に並べる。参加者からは「大人の楽しいと子供の楽しいは違う?」「体育か?学活か?」「スポーツ共創で子供の『何』を育める?」「学校体育で使える?」「『つくる』ことを教育といえるか?」といった問いがもたらされた。午前の部「スポーツとのかかわり方を考える」からの知見をふまえた内容が目立った。

「創るのはゴール? スタート?」「スポーツって何?」といった問いが参加者から投げかけられる

このように本ワークショップは体育の授業ではなく、運動会という枠組みで行われた点が特徴だ。前述の通り、体育の授業では学習指導要領との兼ね合いが求められる。これに対して運動会は学校だけでなく、地域や企業など、より広い単位で開催される。徒競走のような個人種目もあれば、綱引きのようなチーム種目もあるし、応援合戦やダンスのように明示的な勝敗がつかないものもある。日本をはじめとした東アジアに特有の文化であり、スポーツ共創を実践する場として最適なフレームワークだといえる。

現場から聞こえる教師と生徒の役割変化

終了後の懇親会では、教師と生徒の役割変化に関する感想も聞かれた。従来型の授業では、教師は生徒に手本を示し、それを生徒が真似ることが求められる。これに対して「スポーツ共創」を取り入れた授業では、生徒が新たにスポーツを作り、教師がそれをサポートすることが必要だ。ファシリテーターとしての役割が、より教師側に求められるのだ。一方、生徒の側も授業を通して、単に体を動かしたり、体力作りをしたりするだけでなく、問題の発見や解決も同時に学ぶことが求められることになる。

もっとも、こうした議論は従来型授業とスポーツ共創型授業の、どちらが優れているかを意味しているわけではない。他の教科が「教室内の学び」「クラブ活動などでの学び」「地域の学び」など段階的に広がっていき、それぞれに異なる役割があるように、従来型授業とスポーツ共創型授業も、それぞれで異なる狙いと、適した領域があるというわけだ。このように本ワークショップは、参加した一人ひとりの教員の視野を広げる上で、意義深い取り組みになったといえるだろう。

一般社団法人運動会協会理事 犬飼博士(運楽家)のコメント

今すぐスポーツ共創をはじめてみよう!

スポーツ共創ワークブック ダウンロード(PDF 23MB)

小野 憲史

1971年生まれ。ゲームジャーナリスト。国内外で精力的に取材を進めている。他にNPO法人IGDA日本名誉理事・事務局長。東京クールジャパン、ヒューマンアカデミー秋葉原校非常勤講師。ゲームライターコミュニティ代表世話人など。

この記事はスポーツ庁 2019 年度
「スポーツ人口拡大に向けた官民連携プロジェクト・新たなアプローチ展開」にて作成された記事です。
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出典:スポーツ庁WEBサイトspotsuku.com