【寄稿】「KOSEN-スポーツ」新しい道具の開発という観点からの、高専版スポーツ共創

久保田 良輔(宇部工業高等専門学校 制御情報工学科 教授)

 宇部工業高等専門学校(宇部高専)では、「KOSEN-スポーツ」と名付けて、新しい道具の開発という観点からスポーツ共創に取り組んでいます。近年、社会が大きく変わる中で、人々に求められる能力や教育すべき内容も変わって来ており、未来の技術者を養成する高専においても、社会から求められる能力が変化しています。

 宇部高専では、技術や知識だけでなく、社会に求められる様々な能力を身につけるため、スポーツ共創を題材とした授業を始めました。KOSEN-スポーツと宇部高専の教育カリキュラムの関係なども交えながら、スポーツ共創への取り組み事例を紹介します。

KOSEN-スポーツとは

 高専とは、社会が必要とする技術者を養成するため、中学校の卒業生を受け入れ、5年間の一貫教育を行う高等教育機関であり、大学の教育システムとは異なります。高専では、数学、英語、国語などの一般科目と専門科目をバランスよく学び、実験・実習を重視した専門教育を行うことで、大学とほぼ同程度の専門的な知識、技術が身につけられるよう工夫されているのが特徴です。特に卒業研究では、エンジニアとして自立できるよう応用能力を養うことを目的としており、学会で発表できるような水準の高い研究も生まれています。また、5年間の本科の後、2年間の専門教育を行う専攻科が設けられています。

 KOSEN-スポーツは、高専の教育過程で学生たちが習得した専門的な技術を応用し、テクノロジーを付加した新しいスポーツ道具と、それを用いたルールを開発し、見たこともないスポーツを創るプロジェクトです。スポーツを創る過程で、道具やサービス、ゲームのプロトタイピングを行い、実際にプレイする人々がスポーツを楽しむことを想定しながら、工学技術の応用可能性を探求しています。

「KOSEN-スポーツ」のイメージ

高専からスポーツ共創へのアプローチ

 スポーツの開発においては、使用する道具を含めたプレイ環境(ハード)がまず設定され、その環境の中で試行錯誤を繰り返し、ゲームバランスや安全性などを評価しながら競技の勝敗決定方法やルールなど(ソフト)を作っていくのが一般的です。また、道具やプレイ環境が改良されたり新しく開発されたりすることで、競技自体も新しく生まれ変わります。

 近年のスポーツ共創においても、このハードとソフトに新たな変化を加えることで、トップアスリートやスポーツ開発の専門家でなくても、デベロップレイヤーの独創性を生かしたスポーツが数多く生まれています。特に、ソフトの側面からは、スポーツ共創に取り組みやすい環境が整ってきました。2016年に山口で開催された「未来の山口の運動会」を皮切りに、日本の各地でスポーツハッカソンが開催され、スポーツ共創のノウハウなども含めて幅広く波及しています。

 しかし、ハードの側面からは、開発の基礎となる工学的・数理的な知識や技術が必要であり、道具を実装するための技術的な課題が多いということも相まって、広く普及しているとは言い難い状況です。このような状況において、ものづくりを得意とする高専の学生がハードの側面からスポーツ共創に携わり、多様な人々と連携していくことで、ソフト・ハードの両側面からスポーツ共創を発展させていくことができると考えています。

教育カリキュラムとスポーツ共創の繋がり

 教育の現場では、初等・中等・高等教育のいずれにおいても、「何を」教えるかだけではなく、新しい時代に必要となる資質や能力を「どのように」教えるか(または、「どのようにして」その能力を伸ばすか)という観点が加わり、教育が大きく変わりはじめました。宇部高専においてもほぼ同様の観点で、2018年から教育カリキュラムが大きく変わりました。

 社会から高専卒業生が求められている資質・能力として、専門的な知識や技術、語学力はもとより、多種多様な人々とコミュニケーションを取りながら身についた知識・技術を実社会において活用する力(創造力、思考力、表現力など)があります。そして、その活用する力を、自ら主体的に学ぶ力をも求められています。

 宇部高専では、これらの力を身につける環境として、PBL(Project/Problem Based Learning)型の科目(プロジェクト学習)を新たに導入しました。この科目では、学科・学年を混成したチームを構成し、チームメンバー同士が協力しながらひとつのテーマに取り組みます。宇部高専では、今年度からそのプロジェクト学習のテーマのひとつとして「スポーツ共創」を取り入れました。

 次節から、プロジェクト学習としての実施に至るまでの準備も含めて、宇部高専におけるスポーツ共創の事例を紹介します。

プロジェクト学習実施のための準備

 まず、スポーツハッカソンを学生に実際に体験してもらうことと、教員のファシリテーション技術を向上させることを目的として、学内のクラスマッチ(クラス対抗の運動・文化競技大会)の種目を作りました。この際には、一般社団法人運動会協会の西 翼氏と山口情報芸術センター(YCAM)のスタッフを講師としてお招きし、未来の運動会とほぼ同様に、アイデアの書き出し、グループワーク・デベロップレイ、リハーサル、修正という流れで作成を進めていきました。

アイデアの書き出し
グループワーク
完成した競技のひとつ「視点共有鬼ごっこ」

 次に、道具を開発するためのスポーツ・テック・ワークショップについても、学生に実際に体験してもらうことと、教員のファシリテーション技術向上を目的として実施しました。この際には、一般社団法人運動会協会の西 翼氏と山口情報芸術センター(YCAM)のスタッフに加えて、犬飼 博士氏も講師としてお招きし、YCAMの機材をお借りしながら、ハードの特性の変化が競技に与える影響などについて解析しながら、機材とルールの双方を変更しながら種目作りを進めていく方法を体験することができました。

スポーツ・テック・ワークショップ

 また、KOSEN-スポーツを近隣の人々に知ってほしいということもあり、地域イベントや学園祭で紹介しました。

地域の人へ向けて、学生が新しいスポーツを紹介する
地域の子どもたちにも体験してもらう

スポーツ共創をテーマとしたプロジェクト学習

 約半年の準備期間を経て、2019年度から宇部高専でプロジェクト学習としてスポーツ共創を実施しました。宇部高専のスポーツ共創では、1日に1回180分の授業時間を確保し、約2週間かけて集中的にひとつのテーマに取り組みます。プロジェクト学習の期間には他の授業がないので、学生は自身の履修テーマのみに集中して取り組むと同時に、授業以外の時間も活用しながら、調査や道具の制作、資料の準備、レポート作成などに充てる学生もいます。

 プロジェクト学習は今年度から開講した科目です。また、履修可能な学年が2年生のみであったため学年混成には至りませんでした。しかし、全ての学科から学生が参加し、学科混成チームでスポーツ共創を行いました。

 また、2年生のみのチームということもあり、スケジュールの前半ではスポーツ共創ワークブックをもとに、スポーツハッカソンを全員に体験し、後半では道具の開発についても体験してもらいました。

 学生がこの講義を受ける際の今年度の目標はふたつに絞りました。ひとつは、ルールと道具それぞれの開発において、「Plan→Do→Check→Action(PDCA)」のサイクルを最低2回以上まわすこと。もうひとつは、作成したルールや道具について他のチームのメンバーにわかりやすく説明ができるようになること。

 教員は一般的なアクティブラーニング型授業と同様に、導入や背景・概要説明とスケジュール管理を行い、それ以外の部分では、ファシリテーターが主な役割です。通常のスポーツ共創では、競技を実施するところで終了する場合が多いのですが、スポーツハッカソンとスポーツ・テック・ワークショップそれぞれに関して、PDCAサイクルの各項目についてレポートを各学生にまとめてもらいました。

プロジェクト学習のカリキュラム
教室にて、グループワーク
体育館にて、リハーサル

教育視点から見たスポーツ共創の効果

 今年度のプロジェクト学習を通してスポーツ共創を実施してみた感想は、スポーツ共創には社会に求められている様々な能力を総合的かつ段階的に伸ばしていく要素が数多くあるということです。スポーツ共創では、チームワークはもちろんのこと、表現する力が必須です。また、状況を分析する力や評価する力、考える力も非常に重要です。これらの力を伸ばすためには、専門的な科目だけではなく、教養科目がとても重要な役割を持っています。さらに、まだ専門性に乏しい低学年の段階においては、履修時の知識量と技術を駆使した開発も可能であり、さらなる専門性を追求していくきっかけになります。

 スポーツ共創は、単年度かぎり(または1回)の実施であったとしても、現在の自らの実装力や表現力を知ることができると同時に、新たな成長目標を設定するための重要な役割を果たすことができます。しかし、スポーツ共創は、繰り返し継続して取り組むことで、デベロップレイヤーからファシリテーター、ディレクター、プロデューサーへと経験を積むことで求められる資質や能力も高くなり、組織としてのチームワークの在り方を考えるきっかけにも繋がります。これは最終的に、学生や生徒自身の資質や能力を高めるだけでなく、自らが属する集団(学生会や生徒会)の在り方を考えるきっかけや自主性の促進にも繋がり、学校や社会全体を変える運動や働きかけに繋がるのではないかと思います。

KOSEN-スポーツが目指す未来

 スポーツ共創は、新しいスポーツを創造するだけでなく、様々な可能性を見出すことができます。特に、近年の技術革新は多方面で爆発的に進んでおり、コンピュータネットワークと接続することで、スポーツとゲームを融合したパッケージなども既に製品化されています。スポーツ共創が革新的なエンターテインメントやアミューズメントの概念を生み出す日が来るかもしれません。また、スポーツ共創を社会実装の観点で捉えると、教育や健康、福祉など様々な実装の形態があります。同じ道具であったとしても、実装の形態を変えるだけで全く新しいものに生まれ変わることもあります。スポーツ共創は、多種多様な人々の想像力を実装するための大きなフレームワークとなる可能性を十分に有しています。

 KOSEN-スポーツは、テクノロジーを基盤として、その要素技術の研究開発はもちろんのこと、スポーツ共創を社会実装する形そのものを共創していくことを目標としています。そのためには、想像力と技術力を合わせ持つ技術者が必須です。また、日本に50校以上ある様々な高専においてもテクノロジーを基盤としたスポーツ共創が普及し、一般化されていくことで、次世代のロボットコンテストやご当地スポーツコンテストの開催に繋がっていくことを期待します。


新種目「視点共有鬼ごっこ」

新種目「視点共有鬼ごっこ」

 鬼チーム(4人)と逃げるチーム(4人)で対戦する競技。

 鬼チームは正方形のプレイエリア内に1名(鬼)配置し、プレイエリア外に残りの3名(サポーター)と逃げるチームの4名をそれぞれ配置する。エリア内のプレイヤー(鬼と逃げる人)は、エリア内を自由に移動することができる(ただし、逃げる人は両足をひとつにまとめ、一人一脚の状態にする)。また、エリア外のサポーターは、ひとつの辺のみを移動することができる。

 鬼チームの各プレイヤーは、スマートフォンをゴーグルとして装着しており、スマートフォンのカメラ映像をリアルタイムで鬼チームの他者と共有することができるが、鬼は、自身のカメラ映像は見ることができないようになっている。したがって、自分以外のメンバー3人からの映像情報をもとに、鬼ごっこを行うことで勝敗を決する。

 ひとつの対戦は、2試合で構成され、鬼チームと逃げるチームで1回ずつ試合を行う。1回の試合は30秒間で行い、鬼が棒でタッチした人数と、4人全員がタッチされるまでに要した時間を計測しておく。攻守を入れ替えて2試合を行った後、タッチした人数が多いチーム、またはタッチに要する時間が少なかったチームの勝利とする。


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久保田 良輔

宇部工業高等専門学校 制御情報工学科 教授

2006年 九州工業大学大学院情報工学研究科博士後期課程修了。博士(情報工学)。専門は計算知能で、システムの最適化や信号・画像処理アルゴリズムの開発に従事し、その実装形態の一つがKOSEN-スポーツである。

この記事はスポーツ庁 2019 年度
「スポーツ人口拡大に向けた官民連携プロジェクト・新たなアプローチ展開」にて作成された記事です。
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出典:スポーツ庁WEBサイトspotsuku.com