【レポート】新種目「校舎行動」の成り立ちから考えるスポーツの「育ち」。山口高校銀鐘祭(文化祭)より
西 翼(キュレーター、運動会協会理事)
「スポーツは育っている」と言ってみたいと考えました。
育つ、とは一体どういうことでしょうか?
競技者が技術を習得し、スポーツ選手として成長するということも、競技人口が増えて競技団体が組織され、公式のルールのもとに洗練されていくことも、スポーツが育つことと言えそうです。それ以外の方法でも、競技そのもの、もしくはスポーツそのものが変化し、成長したと捉えることはできるのではないでしょうか? 山口県山口市にある県立山口高校の高校2年生、廣田祐也君の取り組みを取材して、「育つ」スポーツについて考えてみたくなりました。
文化祭にて披露された新種目「校舎行動」
夏休み明けの週末、晴天に恵まれた山口高校の敷地内には私たちを含めた来場者、地域の人や子どもたち、周辺の中学校の生徒たちが多く訪れ、年に1回の文化祭(山口高校では銀鐘祭「ギンショウサイ」と呼称)を楽しんでいました。校舎を奥へと進んで行くと、クラスやクラブ活動ごとに食べ物を売る出店や、射的、お化け屋敷や、脱出ゲームなどが出店されています。時代は変わっても文化祭の雰囲気は、学校という場所とともに変わらずにあり続けるものだな、などと母校に訪れたわけでもないのに、目を細めてしまいそうになる光景が広がっていました。
校舎を抜けて中庭に進むと、廣田君のクラスが企画した「校舎行動」らしき新しいスポーツを楽しむ人の姿が目に映ります。水鉄砲や水風船を手に走り回り、2つの陣地に分かれたチーム同士で撃ち合いを演じたり、ターゲットらしき場所へと向かって攻防がおこなわれ、水を浴びる度に、歓声とも悲鳴ともつかない声が校庭に響いていました。
今回、廣田君のクラスが山口高校の銀鐘祭に出店した「校舎行動」は、いわゆる文化祭の模擬店のような形式で、自分たちで作ったスポーツで文化祭を訪れた人を楽しませようと、クラスで企画運営されている出し物の一つ。実は昨年も同様の企画を実施したそうなのですが、銀鐘祭当日が雨天となり、準備していた通りの形式で実施ができず、今年は1年前のリベンジも兼ねて、2年越しのスポーツ共創となったそうです。
学校行事におけるスポーツ共創
「校舎行動」実現に向けて中心的な役割を担った数人の高校生と、担任の先生から話を聞かせてもらうと、もともとは毎年同じような出し物や出店が続いている文化祭に、新風を吹き込むべく、アイデアの段階から組み立て、議論と実験を重ねて「校舎行動」は実現したそうです。テレビゲームのような仮想世界での体験を、現実空間でも実現できないか? 1年前の文化祭のクラス企画を話し合う際に、村田照真君が『スプラトゥーン』を念頭に、アイデアを提案したところから、2年越しの創意工夫と試行錯誤がはじまりました。
高校2年生 廣田君は生粋のデベロップレイヤー
廣田君は高校1年生当時、すでにスポーツ共創を何度も経験してきた生粋のデベロップレイヤーでした。2013年、小学生時代には、山口情報芸術センター[YCAM]10周年事業で、山口市内の商店街に展示された「スポーツタイムマシン」(犬飼博士・安藤僚子)の期間中は通いつめ、駆けっこの記録を蓄積する装置で、障害物競走を行うなど、頭角をあらわしました。2015、2017年には、同じくYCAMが主催したスポーツクリエーション・イベント「YCAMスポーツハッカソン」に中学生として参加。最年少の参加者となりました。デベロップレイ、プレゼンテーション資料の作成や、ルール説明と全国から参加した大学生や、社会人と肩を並べても、すでに遜色のない存在感を醸し出していました。
そんな廣田君は高校生になり忙しくなったのか、例年開催している「YCAMスポーツハッカソン」への不参加が続きました。スポーツ共創に勤しむ暇はなくなってしまったのか、と思っていたところ、自身の通う高校で実践の場所を見出して、クラスメイトと共にスポーツを作っていると聞きました。驚きの知らせです。
文化祭のクラス企画として育っていくスポーツ
食品を販売する模擬店は山口高校の文化祭では実施を希望するクラスが多く、例年3年生のクラスが受け持つそうです。1年生当時の廣田君のクラスでは、食品販売以外の企画を考えることになりました。そこで、これまでも実施された実績のあった射的やお化け屋敷など、恒例となっている形式の企画に落ち着かずに、斜め上のアイデア「校舎行動」がクラスにもたらされたところから、廣田君のこれまでのスポーツ共創経験が活かされたのです。
ここで興味深いのは、クラス企画が廣田君の独壇場で実現したのではなく、むしろ原案となるアイデアは、クラスメイトからもたらされているということです。独創と対照的に、共創という制作方法と、その活かし方を、これまでの経験から深く理解し、廣田君はごく自然にスポーツ共創の手法を、自分のクラスになじませながら、文化祭当日のクラス企画として、参加者が楽しめるスポーツ作りをクラスメイトと共に進めていきました。ルールや運営方法についても、クラスメイトと議論を重ね、模擬店の看板装飾や、 会場のレイアウトなど、それぞれの生徒の得意分野が活かされる、まさに共創の場となったそうです。
文化祭でのクラス企画の準備には、毎年1ヶ月と少しの時間を費やします「校舎行動」の元になったアイデアを、実際に身体を動かして試してみながら、ルールを少しずつ調整します。会場となる候補地にて参加できる人数、誰もが楽しめる工夫を凝らしていきました。その中でも、廣田君肝いりの仕掛けは、デジタルガジェットを使用した、ランダム得点換算システムでした。「校舎行動」の勝敗は、サッカーのゴールと同じく、相対する2つのチーム陣地最奥に設置されたターゲットに、水鉄砲で衝撃を与えることで、得点が得られるという基本的なルールです。しかし、ターゲットを水鉄砲で射止めたとしても、その都度の得点はルーレットが示した数字となり、ランダムネス、運の要素が採用されています。
競技スポーツで、勝敗に直結する部分に、純粋な運の要素が採用されている例は、あまり思い浮かびません。しかし、「校舎行動」では文化祭を訪れた人が体格や運動能力の差に左右されずに、みな等しく楽しめるための工夫として、運の要素が取り込まれていました。この点は、作ったスポーツがどのような参加者に、どのように楽しまれるか、しっかりと意識されたルールと道具が工夫されているといえるでしょう。ターゲットが衝撃を受けてから、ルーレットが回り、任意の得点を示すまでの機構と、それらを連動させるためのプログラムは廣田君が担当し、実現のために地元企業の機材協力まで取り付けたと聞き、廣田君がスポーツを共に作るための環境を構築する能力を得ていることに、もう脱帽という言葉しか頭に浮かびませんでした。
実施までにぶつかった困難
ここで、今回実施された「校舎行動」実現までに、直面した困難についても、触れておく必要があるでしょう。昨年実施した時に、雨天となり、思うような実施形態にならなかった経緯にも触れました。今回は天候には恵まれたのですが、校庭に吹く風が、準備してきた備品や機材に及ぼした影響は大きかったようです。「すべて風で倒れた」と廣田君と担任の先生が口を揃えて答えてくれました。強風は準備してきたスポーツが、実際にプレイされる環境にインストールする際に、調整を迫られる最大の難関となりました。風の影響は先ほど説明した得点換算システムにも及び、ターゲットを水鉄砲が射止めた衝撃と、風がターゲットを揺らす振動を切り分けるために、プログラムを調整する必要もありました。
アイデアの発案から、準備の過程でテストプレイを行って意見を出し合いながらルールを整え、実施当日の参加者を想像しながら工夫してもなお、コントロールしきれない要素が実施環境からもたらされます。最終局面でなおも整えられたスポーツを、文化祭に訪れた参加者がそれぞれのやり方で楽しみます。廣田君をはじめとしたスポーツ共創に取り組む高校生たちは、次から次にやってくる課題を、ひとつずつ克服するために頭と身体の両方を必死に使っていたことと思います。視点を変えると、ここで作られた「校舎行動」というスポーツそのものが、課題に直面するたびに、少しずつ形を変え、育っていったようにも、私には感じられたのでした。
スポーツ共創によって育つ「スポーツ」
文化祭に向けて「校舎行動」を作るテストプレイの中で、ただ水を掛け合って戯れている間は楽しいけど、終わった後の達成感に乏しく、むしろ服が濡れてしまって前向きな感想が持てなかった、と廣田君は教えてくれました。そこで投げ出さずに、参加者目線で目的意識を見出しやすいように、ターゲットを設定したり、運の要素を導入したりしたことで、この「校舎行動」は劇的に成長したように思います。山口でスポーツ共創が取り組まれはじめて6年、折に触れて出会う廣田君はまったくの育ち盛りで、小学生から中学生、高校生へと目まぐるしく成長していきます。そんな廣田君が夢中で取り組むスポーツ共創は、スポーツを育てる方法の1つになり得ているのではないでしょうか。
新種目「校舎行動」
水鉄砲、水風船で行なうサバイバル・ゲーム風の種目。2チームに分かれて、相手陣内奥にある標的を水鉄砲で射止める。的を射止めるとルーレットが回り、得られる得点が決定する。各プレイヤーの襟元には5㎝四方程度の、濡れると色の変わる紙が付けられており、その部分が濡れたプレイヤーは陣地に戻って紙を交換しなければならない。
今すぐスポーツ共創をはじめてみよう!
西 翼
キュレーター、運動会協会理事
1983年、和歌山県生まれ。2012年9月から2017年3月まで山口情報芸術センター[YCAM]でキュレーターとして在籍。 展覧会企画を中心に、身体表現とテクノロジーについての研究開発プロジェクト、 教育普及プログラムなどを担当。2015年「YCAMスポーツリサーチプロジェクト」の立ち上げに参画し、2017年フリーランスとなった後も「YCAMスポーツハッカソン」、「未来の山口の運動会」を毎年企画運営している。
この記事はスポーツ庁 2019 年度
「スポーツ人口拡大に向けた官民連携プロジェクト・新たなアプローチ展開」にて作成された記事です。
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出典:スポーツ庁WEBサイトspotsuku.com